(季刊連句 40号)
英語と日本語での連句体験
国際連句協会(AIR・近藤クリス会長)の北米連句ツアーにこの夏参加しました。
カーメルからサンフランシスコ、サンタフェ、ミルウォーキー、ニューヨークと一ヶ月もの長旅。英会話が苦手な私はリーダーの近藤蕉肝・クリス夫妻の通訳により、連句のイトコをたくさん作ることができました。(「連句は一度の座でともに巻いたらイトコの関係」と、この旅では盛んに説明されていました)
とはいえ現実に英語圏の中でどう連句が進行するのか、月なかばのミルウォーキーでクリスさんに「アイ、リーダーよ」といわれ、初めて捌をした巻をご紹介しようと思います。
恥をかいて三句の転じ説明
ミルウォーキーでの連句の会場はウッドランドパターン。芸術文化関係の専門的な本を中心に置く本屋さんですが、奥に集会場があります。経営者のカール・アン夫妻の活動により地域文化を育てる根拠地なのです。その日も金髪を三つ編みのおさげにしたアンさんが、エプロン姿でお茶の用意や机運びの指示をして忙しく働いていました。二つの連句席の用意ができると姿が消えます。どこの目的地でもこういう方々にお世話になる私たちです。アンさんは今回AIRの全員にTシャツのプレゼントもしています。その日それを着てきた私の胸には、アンさんの筆によるビーバーくんが上着を着て自転車を漕いでいます。楽しいでしょう。それで発句。
1 ビーバーも自転車飛行秋うらら 藍
太い短冊に横書きにします。クリスさんが下に英訳を書き
the beaver also / flies on a bicycle / daytime moon
読みあげ、私が胸の絵を指し、たどたどしい説明をして一座開始です。
まず座のメンバーに自己紹介してもらい、つぎにクリスさんが、「連句には三句の転じが必要なこと」、「同じ素材をくりかえさないように」と、簡単な式目の説明もします。
「さて、脇だけど秋ね」とクリスさんが私に念おし。「何に気を付ける?」「発句と同季だから秋の季語をいれます。内容は発句にぴったり付けること」
それしかいわなかったのに、じきに五枚も出た短冊の句をクリスさんの解説を聞き、辞書もひいて読み、次の句を選んで日本語訳しました。
2 the swallows are beginning / their distant migration (燕はるかに帰りはじめる) Bob Spiess
ビーバーも舞い上がり燕も故郷へ。燕帰る、は秋の季語です。よくついています。ありがとう。
さて「第三も秋を」と言おうとしてギクッとしました。秋三句の中には必ず月を入れなくてはいけません。ではこの三句目でいれていいか。発句が飛行とうららがでてきて空の情景――連句の素材分類用語でいうと天象(天体・気象)ですから月では同じ天象で前に戻ってしまいます。連句は前に戻ってはいけないのです。ワンツーとつないでつぎの三句め(打越 ウチコシ)は転じねばなりません。で、道はひとつ。私の発句を直します。秋うららをやめてかわりに月をいれます。月は秋の季語です。燕がいるから昼にしましょう。
1 ビーバーも自転車飛行昼の月 藍(秋 )
燕はるかに帰りはじめる ボブ(秋)
「マイミステイク」といって、クリスさんに理由を言ってもらいます。天象がうち越すことも。こんなややこしそうなルールを彼らは真剣にきいてうなずいています。―かくて恥をさらし、三句めの転じの重要性を一座に確認した捌なのでした。
難しい季感・生活感
三句目は改めて「もう1句秋をください。打越の発句が童話的なので離れて生活感を。人情(person)をいれて、内にはいる(indoor)」と。
季語のない句は返します。もっともセーターの句を、冬の季語ですねといったら、「ミルウォーキーではセーターは秋のイメージ」だと反論されました。ミルウォーキーの冬は零下十数度。ミシガン湖が凍る音がするくらい。セーターで街を歩くのは秋の季感なんですね。これは日本の季語集ではまにあいません。
3 shutting windows / the gardener / arranges dry herbs (菜園のハーブ作りは窓しめて) Betty Salamn
結局選んだこの句はクリスさんやほかの人の意見でとっています。ハーブ作りは秋の家庭の仕事なのだそうです。「生活感のある句を」なんていった私がこの土地の生活感を知らないのですから。
4 in the garage / children practice the play (ガレージで子等劇の練習) Danny Hunsinger
5 beach umbrellas / bloom extravagantly/along the lakeshore(満開のビーチパラソル湖の岸) Jean Tobin(夏)
6 chainsaw drowns out / cicadas' buzz(蝉をかき消すチェンソーの音) Kris Kondo(夏)
夏二句をいれてここまで表六句です。
あ、訳にカタカナが多いのはごかんべん。
それにしても、付け句の自(myself)他(others)場(place)まで説明しているのですが、抵抗はありません。どうも彼らはいま「付け句をしつつ三句の転じをする」という全く新しい文学形式を習おうとしているのです。ダニーさんなどオハイオから泊りがけでこの連日の連句セッションに参加していると聞きました。方法論や知識を、少しでも覚えて身に付けたいというのは当然なのですね。
ハイク・レンクの英語での定型
さて裏にはいって恋もいいですよというと気分がほぐれ、会話も盛り上がります。
ゥ1rumor has it / he' s returned from college / ready to start his life
(噂の彼大学やめて職に就き)Danny Hunsinger
2 背なのファスナーもつれもどかし (zipper on the back / got stuck) 希久
秋田希久さんは大阪の作詞家さん。連句はこの旅で始めてだそうですが、さすがに色っぽく具体的な恋句です。クリスさんが英訳するともう説明不要で、みんなにこにこです。
3 preparing for bed / the husband listens to / the fetus' s heart(寝入りばな胎児の心音聞く夫) Bob
中身の濃い幸せな恋句ですね。ボブさんはハイク歴二十五年。「モダンハイク」という雑誌の編集も長くされています。
ゥ4 fabric scraps scattered / quilters' pride(じまんのキルト散った布きれ) Rebecca Furguson
5 chimney smoke / from the white bungalow / icy moon(月凍り白いバンガローに立つ煙) Jeff Winke
6 family ashes burned / under ancient Zagreb rubble(廃墟ザグレブ民は埋もれし) Betty
7 weeping / left alone / Jizo understands(残されし嘆きは地蔵のみぞ知る) Danny
キルトのやり句から冬の月。そこでこんどは時事か歴史をいれてみませんかと誘うと、ザグレブが出たのでした。
ザグレブはスロベニアとクロアチアの争点の街。こんな民族問題は私たちより身近でしょうね。この移民の国の人々の多くはファミリーの祖国をヨーロッパに持っています。
作者のベティーさんはダンサーだとか。ハイクをダンスにしたこともあると話してくれました。さっきのボブさんもそうでしたが、聞けばこの席の全員ハイク歴があります。実際私たちのツアーは行く先ざきで、北米の各ハイク協会にお世話になっています。ハイクから連句への素直な関心は、日本の連句人には羨しいことです。
ところで希久さんが私の横で囁きました。
「ね、ズルイと思いません?彼らは三行詩と二行詩で、一行の長さは自由でしょ。日本人は575と77に合わせるんですもの」
率直!
実はサンフランシスコで私たちはアメリカカナダユーキテイケイハイク協会の指導者徳富喜代子さんにお会いしました。この協会ではその名のとおり有季定型haikuですから連句もシラブルを5―7―5 7―7に合わせるのです。私は英語のリズム感についてうんぬんできませんけれど、定型詩としての俳句連句の海外への出方の重要な問題として、この旅が追求しているテーマにちがいありません。
雨のキスの花の句
ファスナーに、胎児の心音、ザグレブに地蔵――と印象の強い句がすでに出たので、あとはさらさらとながれたいところです。
ゥ8 lamp's wobble / ball cones to rest (ランプゆらしてボール止まりぬ) Jeff
9 eyes closed / visualizing / a new game(目をとじて新しいゲーム案じつつ) Bob
10 young green / search for softness(若緑して求むやさしさ) Betty
やさしい若緑は花の座にやさしい雨を呼びました。花の座についてはにほんでは原則的に桜の花を詠みますが、「――の花――という本意ですね。しかし、アメリカで、cherryblossomはそうした華やかさをもっていません。この旅のはじめのころには英語でFlowerと訳されていたのですが、そうすると草花やチューリップの句が出てきてしまうので、クリスさん、蕉肝さんが相談して、blossomと決めたということです。
11 kiss of rain / blossom time / has come(花やいま雨のキッスにほどけそめ) Danny(春)花の座
12 the days having lengthened / a turtle on a log(丸太の上で亀の永き日) Bob(春)挙句
連句初めての方ばかりですが、私の好きな感性の句も出て、捌きにとって幸せな座でした。もっとも英語力がないので毎回ひとさわぎ。ザグレブの句を最初「埋もれし」と訳したのですがあとから蕉肝さんに指摘されて短冊を見直すと(burried)ではなく(burned)で「焼かれし」に直しました。遺跡の話ではない、戦火の話でしたね。たくさんの短冊が出たのですが、単語の意味がわかっても生活感に共感がないと捌きの選択が狭くなることはハーブの収穫の句にはじまって何度も感じました。もちろんそれで質問がかわされ座は話し合いで理解し合い、大笑いしたりもあるのですが。(これは日本で世代の違う連衆とするときとも似ていますね)
ただ、句の意味はそうしてわかって、原則直訳に近い翻訳をしても、英語の詩としてのニュアンスや完成度はわかりません。だから私はずいぶんクリスさんの意見を聞きましたし、ここはクリスさんと二人の捌きとするべきだと思いました。
この晩私たちはアンさんのお家に伺いおいしいスープと七面鳥をごちそうになりました。壁や棚には木彫りの大栗鼠や少し不気味な人形や、アンさんの作品がいっぱい。いろんな夢が空中飛行していましたよ。そしてわたしの旅もまた、連句という不思議な夢を作りつつ、このあと半月も続いたのです。
半歌仙 対訳
Beaver アンに捧げるビーバーの巻
Dedicated Anne Kingsberry
At Woodland Pattern Wisconsin
August 18, 1992; 1:30-5:00pm
1. ビーバーも自転車飛行昼の月 the beaver also / flies on a bicycle / daytime moon Ai
2. the swallows are beginning / their distant migration 燕はるかに帰りはじめる Bob Spiess
3.shutting windows / the gardener / arranges dry herbs 菜園のハーブ作りは窓しめて Betty Salamn
4. in the garage / children practice the play ガレージで子等劇の練習 Danny Hunsinger
5. beach umbrellas / bloom extravagantly/along the lakeshore 満開のビーチパラソル湖の岸 Jean Tobin
6. chainsaw drowns out / cicadas' buzz 蝉をかき消すチェンソーの音 Kris Kondo
ゥ1. rumor has it / he' s returned from college / ready to start his life 噂の彼大学やめて職に就き Danny Hunsinge
2. 背なのファスナーもつれもどかし zipper on the back / got stuck 希久
3. preparing for bed / the husband listens to / the fetus' s heart 寝入りばな胎児の心音聞く夫 Bob
ゥ4. fabric scraps scattered / quilters' pride じまんのキルト散った布きれ Rebecca Furguson
5. chimney smoke / from the white bungalow / icy moon 月凍り白いバンガローに立つ煙 Jeff Winke
6. family ashes burned / under ancient Zagreb rubble 廃墟ザグレブ民は埋もれし Betty
7. weeping / left alone / Jizo understands 残されし嘆きは地蔵のみぞ知る Danny
ゥ8. lamp's wobble / ball cones to rest ランプゆらしてボール止まりぬ Jeff
9. eyes closed / visualizing / a new game 目をとじて新しいゲーム案じつつ Bob
10. young green / search for softness 若緑して求むやさしさ Betty
11. kiss of rain / blossom time / has come 花やいま雨のキッスにほどけそめ Danny
12. the days having lengthened / a turtle on a log 丸太の上で亀の永き日 Bob
Hurricane ハリケーンの巻(半歌仙)
At Hoboken New Jersey
August 27, 1992 ; 1:45-6:40pm
Led by Ai ; tr by Shokan
1. ハリケーン来れハドソン連句行 the hurricane / has come up here / the Hudson renku journey 藍
2. full moon tide pulls / coffee cups sway コーヒーたっぷり満月満潮 Jeff
3. shop doorway / the old cat / mum-viewing 店先に老いたる猫の菊見して Minna
4. タイプリボンは表裏使える the type ribbon / is reversible 蕉肝
5. sister knows / the part of the field / with the fattest turnip 妹が知ってる大蕪ある畑 kris
6. whisparing / when to start singing 歌が始まりそうな囁き Dee
7. 窯変の壺飾られる軸の下 glazed vase / displayed / under a scroll Shiku
8. clear intention / candles at dinner 今夜いいわと誘うキャンドル Dee
9. いくとカム日本語英語でことぼこ come and go / in English and Japanese / convex and concave Sho
10. an Etruscan tomb / entwined forever エトラスカン墓永久の交合 Kris
11. 前線の写真家頭上弾かすめ on the battle front / over a photographer / bullets whine Shinku
12. at the vanishing point / touch the distance 視界の果てにつかみたる距離 Jeff
13. from the plain / the moon rises / blood-red 平原に出でたる月の血の赤さ Dee
14. along the highway / fireflies ハイウェイ沿い蛍かずかず Minna
15. on the ferris wheel / flung into / sure abandon 観覧車振り回される解放感 Diane
16. warm stone / the quiet of the past 石の温もり過去のしずもり Kathy
17. stop now / the blossom speaks / the unspoken 止まれいま語らぬ声を語る花 Diane
18. the first robin / under the birdfeeder 駒鳥見えし餌台の下 Laura
Participants: Jeff and Diane Young; Minna Lerman; Dee Evetts; Kathleen & Laura Silverstein; Ai Yazaki; Shinku Fukuda; Kris & Shokan Kondo.
Queen Anne's Lace アン王女のレース
At Woodland Pattern, Milwaukee
August 22, 1992; 1:15-5:10pm
Led by Ai; tr by Kris--dedicated to Karl Young in Kenosha
1. nostalgic / Queen Anne's lace / Autumn Journey アン王女レースゆかしき秋の旅 Ai
2. moonlit paths / mesh for a white 小径まじわる月かげの中 Doug Armstrong
3. a child dreams / pinecorns popping / in the fire 子等の夢松ぼっくりが火にはぜて Kent Johnson
4.three in diapers / can't keep quiet おむつ三人しずなこころなし Rick Ollman
5.sand slowly / shifting through toes / waves gently sing 砂くずし歩むつまさき波の唄 Betty Salamun
6.ali afternoon / the ferry crossing フェリーひねもす行き交ている Kris
7.relaxing together / our desires / waxing くつろげば互いの思いふくらんで Doug
8.your mother seems / always around the corner いつもみている君の母さん Kris
9.electric blanket / unplugged / no one notices 知らぬ間に電気毛布のプラグ抜け Rick
10.peaks shaped by wind / withstand winter storms 冬の嵐に耐えし峰みね Betty
11.opening the sutra / names echo / far back in the trees 開きたる唱名響く木々の奥 Kent
12.another country's Basho / so very tall 異国の芭蕉背丈のびやか Ai
13.a shock / of monster ants / on the counter ああびっくり怪物蟻が台所 Rick
14.full moon rises / face to face at sunset 入り日に向かい昇る満月 Rick
15.scatterred relatives / gathered for / grandfather's birthday 集い来しうから曾祖父誕生日 Doug
16.you can never / get drunk on birch beer 樺のビールじゃ酔ひもせず・ん Ai
17.arranging branches / in a milk jug / blossoms unfold ミルク壺に活けたる花ほころびて Betty
18.tadpoles squiggle / tickle and disappear 蝌蚪がちょろちょろ出ては消え去る Kris
Participants: Ai Yazaki; Doug Armstrong; Kent Johnson; Rick Ollman; Betty Salamun; Kris Kondo.
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