連句はパフォーマンス文芸である。
五月三,四日、北京大学中日比較詩歌研究会・連句研究大会は、初日から日中詩人が一座して実作する異例のプログラムを組み盛況だった。
日米の国際連句と違うのは、何よりも表記に漢字を使う国どうしであることだ。
夜の懇親会で劉徳有会長が「びっくりしました。不思議な詩」と評した日中の付け合いがある。
梁山泊に走る閃電 竹内茂翁
両個人心中[石並]出了愛的火花 張亜秋 ( [石並]は一字)
閃電(稲妻)という中国語が日本語の句にとりいれられ違和感がないし、その勢いに恋句が呼応する。
恋句の意味は「二人の心の中に愛の火花が起こりぶつかり合った」と、作者の亜秋さんが一度説明すればわかる。日本語の句にあえて翻訳しないほうがいい。
つぎは四日の研究会の最後に参加者全員で巻いた半歌仙の一部である。
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「未名湖の巻」進行中。妙さん亜秋さんが書記役。 |
9 切れ長の目に魅入られし恋なりき 藍
10 ずっと隣で君のぬくもり 河口妙
11 走遍那天涯海角総相随 東白
12 南空撞機環球驚 紀鵬
(「未名湖の巻 」劉徳有・近藤正捌)
11は前句をうけて恋人たちは天の果て、海の果てまで共にゆく。「環球」は地球のこと。「南の空でアメリカの飛行機と中国の飛行機がぶつかって世界が驚く」と作者の説明。日本の感性的な恋句から堂々と時事句へと転じてゆく流れは日中国際連句ならでは。
でもこの日本語句と漢字句の並ぶ流れは日本の連句人には珍しくない。連句の伝統型式には漢詩句と和句混合の「漢和」(かんな)「和漢」があるのだ。
――改めて思う。日本の古典文学史は和歌、和文と漢詩文の並立である。日本語は漢語をとりこんで成立した。
もともとは歌人の余技だった連歌が、和語しか使わなかったのに、中世に俗語とともに漢語をとりいれ、俳諧の連歌(連句)になったというおもしろい事実もある。日本語化した漢語だろうが、当時外国語と意識されてはいた。つまり連句にとって国際化は本質ではないか。いやひょっとして今回の日中連句は、過去の日中言語の衝突と融合の場面の再現?
未名湖が暮れなずむころ、すべての行事がおわり劉徳有会長が挨拶した。
「中国、日本と二つの国籍の男女、年配者と若者が共に連句したことを喜びます。終わらない宴会はない。しかしつぎの宴会を楽しみに」
「これからがおもしろい!」
と言うのは『日本俳句史』などの著書があり、今回通訳、翻訳でお世話になった鄭民欽さん(北方工業大学教授)だ。
「日中連句は着実に一歩を踏み出した。一句の字数や、翻訳、季語、ルールなど論議する問題は多いが、実践が解決してゆくでしょう」
そしてもうひとつ。「この会が刺激になり、詩人たちの間で聯句を作ろうという動きが出ています」
聯句――中国古典の共同制作詩である。もちろん日本の連歌、連句への影響も大きかった。「ただ、脚韻、平仄、対句など厳しすぎる律格をゆるめたほうがいいと私は思いますが」
帰国して数日後、連句会に出席した竹川広美さんからメールがきた。
北京外国語大学の日本語の先生だ。「連句がとても楽しかったので作文の授業でやってみました」
中国人三十二人の連句作品二巻がついている。
「女子学生はほうっておくと恋句ばかりになるんですよ」――ふふ。私の学生たちもそうです。
メールでの日中連句も始まって、また前進する連句パフォーマンス。
(桜花学園大学教授)
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終わった! 鄭民欽先生(左)近藤正先生と | うはうはうは! |
続編 乞ご期待 「アジア連句のめざめ」 (中日連句研究大会基調講演) 近藤正
二十一世紀の巻
*中国語の句は鄭民欽先生により長句5-5 短句7(2-2-1-2または2ー2ー1ー2)に整えてあります。
1 | 於曲阜孔林 黄沙茫々子に問う二十一世紀 |
矢崎藍 | 春 |
2 | 流水如斯楊柳風 | 鄭民欽 | 春 |
3 | ニー好とぶらんこ友と漕ぎ出して | 引地冬樹 | 春 |
4 | 媽媽が作った白い連衣裙 | 戴秋娟 | |
5 | 常娥舞長袖十五月光明 | 張亜秋 | 秋 |
6 | 不老不死より選ぶのは彼 | 竹川広美 | |
7 | ちょっと風邪おでことおでこくっつけて | 河口妙 | 冬 |
8 | やっと入れた高層マンション | 竹内茂翁 | |
9 | 客来中関村活力満人間 | 大野広之 | |
10 | 夜にこっそり驢馬がぽくぽく | 藍 | |
11 | 菜刀をざくりとおろす大西瓜 | 広之 | 夏 |
12 | 梁山泊に走る閃電 | 茂翁 | 夏 |
13 | 両個人心中「石並]出了愛的火花 | 亜秋 | |
14 | 逢えるのはいつ出国ロビー | 広美 | |
15 | 月に降る雪はあなたの手紙です | 冬樹 | 冬 |
16 | 軍大衣置く暖気の部屋 | 妙 | 冬 |
17 | 爺々が餌をやってる籠の鳥 | 広美 | |
18 | 未名湖畔春光媚 | 亜秋 | |
19 | 朱の扉開けば匂う藤の花 | 妙 | |
20 | 中日連句抒情懐 | 広之 |
連衆 鄭民欽 戴秋娟 張亜秋(中国)
引地冬樹 竹川広美 河口妙 竹内茂翁 大野広之 (日本)
2001年五月三日首尾 於 北京大学東方文学中心