大津から戻ると、大阪の俳人澁谷道さんからFAXがきていた。
「湖畔のひとへ」として
1 えり挿して藍ひといろを曳き帰る 道 (えり【魚入】)
あら、私が琵琶湖を見たのをご承知でその風景を下さった。えり挿すは春の季語。湖の漁でえりという竹簀を仕掛ける。夕暮間近、舟が帰る。藍色の水脈を曳いて。そのひとすじ以外は渺茫と春の湖面が広がる。
ここでドキドキする。実は連句を巻く約束。道姉上は姿は優しいが連句は厳しい。仕事の片手間ではできない。私はめぎつねに変身し胴震いする。二日目の晩。
2 春を響もす水底の琵琶 藍
「琵琶を奏でるのは道天女」と書いた。発句を見て、もう華やかな連句の演奏を予感している。その翌日。
3 ふところの守り刀をうち捨てて 道
わきおこる琵琶の音にドラマが幕をあげ、女が現れた。湖畔には古代から女人の物語が数多紡がれている。「うち捨てて」の語調は強い。この女は守り刀をただ捨てたのではないだろう。いったん鞘をぬき白刃を構え、それから、からりと捨てたのだ。何があったの?
4 見知らぬ男逆光に立つ 藍
5 抱かれつつ果てなき沙漠肩ごしに 道
このあたり、道さんの中の女、私の中の女が底に抱いている、男の性への究極の絶望が流れたような。
この展開に6句めをどう付けるか。雑事を終えて深夜、ひとりの、いや一匹の生き物にかえる私の、至福の時間だ。
澁谷道さんは現代俳句協会賞受賞者。「俳句と連句が私には必要」と語る表現者である。
(やざきあい 作家・桜花学園大学教授)