『むくむくと入道雲』2000.7.19 No.20

hima.jpg むくむくと入道雲が立ち上がり              多迦夫

という季節がくる。あ、これは俳句ではなく、去年巻いた歌仙(36句の連句)の途中の一句です。こんな場面でした。

23 キカセテヨワタシハタダノショウフナノ          迦
24 愛と憎しみトーストの朝                  藍

 ある夫婦の朝の複雑な風景。この夫は妻なんてものは金を渡し、ときどき体を愛してやれば満足だろうと思っている。で、ゆうべはふたりの快楽として悪い夜ではなかった。しかしトーストを焼く妻の心には夫に見えない愛と憎しみが渦巻いている。
 この次に入道雲が付いた。

(愛と憎しみトーストの朝 藍)
25 むくむくと入道雲が立ち上がり              迦

 そのときダイニングのガラスのむこうに見える、はるかに真っ青な空と輝く夏の雲。むくむくと立ち上がる愛と憎しみが大自然と同化するとき。暑い熱い一日がはじまる!
 ま、あまり日常的にこういう心の掘り下げをしてると夫婦をやっていくのはしんどい。女が男に求めるものは男にはしょせん理屈でしかわからないのよ。
 入道雲の句が気に入って、その後、学生たちには、この句に付け句をさせた。

 (むくむくと入道雲が立ち上がり)
 氷カランと麦茶の香り                   ティモ
 クラスの付け句人気投票でトップになった涼しい句である。

 麦茶は缶入りでなく、なんてったってガラスのコップ。氷も製氷皿の四角いのではなくて割ったのがいいなあ
 私が小さいころは夏になると冷蔵庫用の氷を毎日配達してくれた。氷屋さんが門の前で自転車を停め、リヤカーの濡れた厚地の布をめくると、大きな氷の塊が現れる。鋸で氷を切りだす。見物していると飛び散る氷の粒が冷たくて気持がいい。
 冷蔵庫は木製で、上段に氷を置き、下段に食物をいれる。夕方までに氷がだんだん溶ける。
「冷蔵庫」は、だから日本の夏の季語である。一年中稼働する電気冷蔵庫が出現して、「氷室」という看板もなくなった。
 日本の夏の始まりを見ながら、明日モスクワ行きの飛行機に乗ります。雲海にわく入道雲を見下ろして。

(やざきあい作家・桜花学園大学教授)