「連句がつなぐアジアの若者」 共同作業、韓・日と深まる交流 

矢崎藍  (朝日新聞名古屋本社版   2003、4、9 夕刊 )

 表現の授業で学生たちに連句を作らせて十年になる。合言葉は「自分たちのいまを表現しよう!」。詩や短歌、俳句に縁のない学生も日常語を使って五七五句、七七句に指を折る。三年前から、韓国大田市の又松大学から短期留学生が、毎年十数人参加するようになった。日本語専攻で会話はほぼ通じる。

 昨秋後期開講の授業。付け句はいつも軽い口語の前句で始める。「知り合ってこれからふたりどうなるの」という五七五句に、場面を想像して七七句を付けてね!

 一時間後に終電が来る             久美
  まあとりあえずチューでもしとく?        すじ

 日本人学生がすぐ付けて教室は大笑い。お互い見せ合って相談したり、辞書をひいて言葉探し。で、留学生も。

 永遠の恋芽を育てよう             朴汎桓
 私の胸にコスモスの風             鄭文成

 あ、すてき。友人の句に共感し、おもしろがるのが、昔は俳諧連歌といった庶民の詩、連句の第一歩だ。このあと構内散歩で俳句(発句)作り、推敲と、実作を重ねる。毎時間、全員の句を公開して楽しむ。七回目の授業で三、四人の小グループにわけて机を囲み(これが座)、いよいよ連句を巻く。つまり五七五―七七―五七五―七七とつなげる作品を作る。 
 たとえばつぎの座は女子学生二人と男子留学生ひとりの組合わせ。最初の句が発句である。

1秋雨の窓に滴が文字を書く           韓雄煕

 学生寮の自室風景とか。作者の初案は「曇ってる窓」だったが、発句なので秋の季語が必要だ。三人で20分も相談し「秋雨」の案が出て決定。こういう話し合いが、座でつくる連句の特色だ。さて次は七七句。

renkugatunagu.jpg2 夜食を食べて受験勉強              小泉

 韓さんはこの付け句が発句にぴったりだという。「いま日本語検定試験の勉強中で、夜食のラーメンを食べない日はありません」
 次の人が句を出す。

3夢は過ぎ約束の場所駈けて ゆく        彩火

 ロマンチックに展開した。
共同作業で連句を作る韓国人留学生の韓さん(中央)と日本人学生


このあと六句までつなぎ各座が短い連句作品を完成させる。それまで教室にたちこめていた創作エネルギーの熱気がほっと達成感に満ちる。
 紅葉や柿が秋という程度の季節感は韓国の学生もほぼ共通だ。しかし「石焼芋屋の声」なんて句では、日本の学生が朗々と真似して説明する。連句では前の句がわからないと次の句がつくれませんからね。
 恋句も必ず作るのが連句の伝統で、どの座も盛り上がる。日韓付け合い。

  落葉踏み二人静かに何思う          めぐちん
 サランヘかチョワヘどちら がいいの     ヘラナア

 韓国語でサランヘは「愛してる」、チョアヘは食べ物などにもいう「好き」だという。ハングル表記をまぜる句は、毎年両国の学生に人気がある。

連句を通じ、中国とも交流が始まっている。昨年八月には鄭民欽・北京工業大学教授を招き、、私の勤務校で「日中連句研究会」を開催した。日本語と中国語で翻訳をしながら連句を巻いたのだ。 日中両国の俳句連句研究者と、地域の連句実作者にまじり、学生たちも参加した。
 「年代も国籍も職業も色々な人が」「ほとんど初対面ばかりで連句!」「目の前で自分の句が中国語になり、漢字の塊になる!」という過激な体験だったようだ。
 日中の学生の付け合いを紹介しよう。

 お地蔵様に赤いエプロン            谷淑恵         
 路辺百花開 春意□然来            呉秀蓮         □央皿

 谷さんは瀬戸市の線路際にあるお地蔵様を句にしたのだそうだが、留学生の呉秀蓮さんの句が付いたとたんひろびろと目の前が開けた。それは彼女が前年まで馬で通学していた内蒙古の草原の春なのだ。座の仲間が彼女の話に耳を傾け、その故郷を思い浮かべる。
 ところで呉秀蓮さんは、日本語で五七五句にあたる付け句を中国詩の定型の五字ー五字で書いている。
 この研究会(会長・近藤正成蹊大教授)は2001年北京大学日中比較詩歌研究会を機縁に発足した。実作を土台にして日中二カ国語連句の問題を討論している。中国語で連句をつくる際の、句の字数も実験中なのだ。
 日本語しかできない私が、連句という文芸のおかげで、日本語と韓国語、中国語との思わぬ接点を垣間見ている。
 中国にも聯句という複数の作者が付ける伝統詩がある。韓国の時調など、アジアの民族詩の源流には男女のかけあいうたが指摘されている。  いま、付け句をし合った若い世代が、未来のアジア文化にどんな百花を咲かせてくれるか。

――え、連句という人と人をつなぐ座の文芸、いわば人間関係文芸の21世紀に、私はホットな期待をかけているのです。

矢崎藍 桜花学園大学教授
やざき・あい 愛知県豊田市在住。お茶の水女子大卒。作家。著書に『ああ!子育て戦争』(学陽書房)、『連句恋々』(筑摩書房)、『おしゃべり連句講座』(NHK出版)など。連句協会理事。