俳諧の本 『江戸おんな歳時記』別所真紀子著 幻戯書房 本体2300円+税

「この時代に社会的には全く無名の女性が、台所仕事のことを詠んで記録されることは全く画期的な意義をもつ」「世界中のどこの国にも1700年代の初頭に一介の主婦のつぶやきがアンソロジーに編まれたことなどない」ー「それは俳諧という庶民の文芸形式があってこそ」これまで著者が評論集『言葉を手にした市井の女性たち』等で一貫して追究してきたテーマが、角度をかえて、美しく、優しく、華やかな季節のエッセイなってやってきました。季語の若菜、芹、梅、更衣 種々の花 五月雨(この選び方もおくゆかしい)ーーなどの頁を開くと江戸時代の多くの女性俳諧師たちの佳句とともに、庶民の女たち、主婦、尼、遊女、そして少女たちの句。くらしを愛し、自然を愛し、創作することに熱中した女たちがいたんです。やっぱり。

 かはゆしや子どもばかりの夕すずみ    波間藻
 燕(つばくろ)や小袖を洗ふ橋の下 肥前 紫白
 この婆々もけさは長者の年がしら  大津 羽紅
 山吹や手をさす人ぞわが夫     豊後  りん
 今朝見れば猫の踏み折るあやめ哉 京(少女) 花鈴
 初秋や二人の親の朝機嫌   (少女)   くに

ところでこの本は、江戸時代の女性の一句と、その100年前に共通した心理と情景をうたったヴェルレーヌの詩を冒頭に置いています。

 子規心に雨のふる夜かな   江戸 田女。
 巷に雨の降る如く/われの心に涙ふる   ヴェルレーヌ

「ヴェルレーヌに百年先立つこの句はこれまでの歳時記に一度も採られていない」ーと惜しむ著者です。庶民の平凡な句もいとしみつつ、その詩人としての撰句眼の鋭さ、コメントにも感嘆します

  風に月に思ふことなき涼かな  星布尼
  海に住む魚の如身を月涼し    々

 江戸時代に編まれた撰集の数々から選ばれ、この平成の光を浴びた句たちがどんなによろこんでいることか。そして私たちはこうしてこの国の女たちのくらしと息吹にひたることができる! すばらしい御本に「読売文学賞(随筆紀行賞)」! おめでとうございます。