『今日は志ん朝あしたはショパン』佐藤俊一郎

(同学社 本体3200円 )
syun.JPG昭和も五十年代、昼に国立演芸場で志ん朝の『夢金』と『二番煎じ』の高座を堪能して,ただちに歌舞伎座へ駆けつけ、『碁太平記白石話―揚屋』で歌右衛門の風呂上がりの浴衣姿を見るー「ますます浮世の浮力を脱して軽やかに見える。あえかである」なんてノートに書き付けた人がいます。この人はウイーン暮らしのある昼にはバーンスタインがウイーン・フィルを指揮したシベリウスとモーツアルトを聴き、夜は国立劇場でドミンゴ主演のレオンカヴァルロのオペラ道化師を楽しんだとか。どちらも「夢のような贅沢であった」―これもノートより。かくて平成十三年に歌右衛門と志ん朝が逝くまで、まさに二人の名優名人の時代を書きとどめたこのノート。本業の中央大学教授としてのドイツ文学論と歌舞伎評論。それにエッセイも詰めて本になりました。人の世の作り出した美しくもおもしろい文化の極致を追いかけていた彼が連句人でもあったのは不思議ではないでしょう。彼が私めの『連句恋々』という本に出てくる幼馴染みの俊ちゃんです。ふつつかな私と二十数年文音をして「老いぼれよいよいになるまで連句しようね」「90歳までお願いします」といっていたのに一昨年急逝してしまいま した。この本が遺稿集であることが無念です。最後の章に両吟歌仙2巻と、彼が(親友の歌舞伎評論家上村以和於さんとともに)主宰されていた「白塔」のよりぬき歌仙六巻が載っています。文人揃いのめんめんで「文芸歌仙」「歌舞伎歌仙」「落語歌仙」「時代劇歌仙」と、まさにこの世はおもしろやの歌仙群。開いてみてください。